WOHNUNG+GESUNDEIT (「住まいと健康」/ドイツ)2013 Autumn 秋号 掲載記事 テキスト
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日本の新しい土の家 バウビオロギー(建築生物学)建築のひとつとして
遠野未来
日本でバウビオロギー研究会が組織されて8年。昨年から念願の通信教育も始まり、それに合わせ本部IBN代表のヴィンフリート・シュナイダー氏を迎えてセミナーが行われた。 日本においてバウビオロギーの住まいが大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。ヴィンフリート氏は創始者アントン氏の考えを受け継ぎながら、理念のみではなく建築家としての視点からバウビオロギーの空間造形と美しさの側面を大事にされており、今後世界に新たな風を吹かせてくれるだろう。私としては氏の「バウビオロギーは伝統的な民家」という言葉が特に腑に落ちた。バウビオロギーの住まいは理念からつくられた特殊なものではなく、その地域に根ざし人間に調和した「現代の民家」を目指すという面に共感できたからである。氏の来日を契機に今後日本での活動を世界にご紹介いただけることになり、その第一弾として日本における「新たな土の家」をテーマに活動を行っている当事務所の活動をご報告させていただきたい。
筆者は、家族の精神的ストレスで体調を崩し自宅を土壁で改装したのをきっかけに自然素材による家づくりをはじめ、この15年近く日本と海外で土と左官の家をつくってきた。
日本における左官技術の歴史は古く、海外同様1000年以上に及ぶ。海外の土壁が「耐力壁」として発展したのに対し地震国の日本では木造躯体の「補助壁」として発展し、壁の構造的強度ではなく表面の精緻で多彩な仕上げを特徴とする。海外の「厚い」壁に対し、その「薄さ」が特徴と言える。日本でも第二次世界大戦後の近代建築の発展とともにコストと時間がかかる湿式の土壁は数を減らし、その表現も伝統の伝承という側面が大きかったが、80年代以降のエコロジカルな意識のもとに見直しの機運が高まり、特に2000年以降はヨーロッパやアメリカの土建築の動きに連動して、データを取りながら現代の省エネ性能も満たす新たな「土の家」をつくろうという動きが起きている。
私は省エネ・健康・空間造形の美しさ、この3要素を満たす素材として土は最適と考える。
日本の土壁はこれまで伝統的な木軸と組み合わせた矩形の壁として扱われることが多かったが、私は土と左官の可能性として曲面を使った自由な造形を試みている。天と地につながり、人間の皮膚にも近い土としっくいの壁はバウビオロギーのいう「第三の皮膚」という言葉にふさわしく、その心地よさは他のいかなる素材でも得られない。そこに光が挿し込み人間の生活と一体となった時 建物に聖なる場所が生まれるであろう。
日本における省エネ基準は現在ドイツのパッシブハウス基準の1/3にも満たさず、それをクリアしている建物の割合も少ないのが現状である。世界における低炭素化社会への意識強化による省エネ基準の引き上げに合わせ、日本でも2020年に省エネ基準の引き上げ義務化が予定されており、日本の住宅も一層自立循環型への移行が目指されている。その中で土壁は日本でこれまで健康や調湿性による効果の意識が中心だったが、今後は断熱材と組み合わせた壁、土間などを住まいに取り入れた蓄熱性を生かす壁が有効になってくる。その実証として現在私たちは産官学連動で土の実験棟をつくりデータを取り、検証を行なっている。これからその成果を活かすと共に、「新たな土の家」が更には今後10年以上続くと思われる東日本大震災復興の一助にもなることを目指し、根強く活動を行なっていく決意をしている。
日本の土壁の工芸的な精緻さは世界的にも特筆すべきであるが、言語的な壁もあり未だ海外に向けて十分な紹介がなされているとはいえない。今後海外に向け成果を発信し、交流しながら日本における土の家の可能性を追求して行きたい。
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■ 神田SU nest/Kanda SU (1999-2004)
東京の都心・神田の事務所ビルの中につくられた土壁の家。筆者の元自宅兼事務所である。入居時の「新建材による閉塞的空間」を「自然素材による気の流れる空間」にリノベーションしたもので、その後建築で「土」を使うようになるきっかけとなった作品。タイトルのnestには「自分でつくる いのちの場」という意味が込められている。心身的ストレスで妻が体調を崩したのを機に 「心身とも安らげる場」を目指して、設計施工で工事をはじめたが、その過程で環境意識に目覚め、自然素材に出会い、最終的に土を使って壁と天井全てを仕上げた。特長的な形状の曲面の土壁は、オフィスビルの大きな柱と梁を隠し、ワンフロアを一つの空間としてつなぐために自然に生まれたもので、鉄筋とスチールメッシュという現代的な素材を用いた。ここで5年間過ごしたが造形の自由度、表情の美しさ、呼吸するしっとりとした空気の質、どれをとってもその土の空間は居心地が良く、バウビオロギーにおける「第3の皮膚」を体現していた。
またここは、単なる住居ではなく、まちづくりのフリースペースとして様々なイベントが行われ人と人の出会いの場でもあったが、ここでの経験がきっかけとなり、その後自分は「土とこども」、「人と人をつなぐ場」をテーマに、日本や海外各地でその土地の素材、人、気候を結ぶ「場」として建築をつくっている。住まいが「第3の皮膚」であるという概念をすすめて地域コミュニティを「第4の皮膚」、地球環境を「第5の皮膚」と呼ぶなら、自分はこの家づくりを通して「5つの皮膚」に出会ったといえるだろう。
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■ 矢向つぼみ保育園 nest nursery (2010)
横浜市にあるビルの1階を改装した0歳から2歳までの乳児保育園。
不定形の50坪の躯体は梁下が低く、角が多かったため柱と梁を曲面で包んで「やわらかな空間」をつくった。基本的な考えは nest/Kanda SUと同じであるが、こどもの空間ということで土ではなく、呼吸しながら表面強度もあるしっくいを用いた。壁と天井の曲面もより単純化しながら天井の間接照明と組み合わせ、メリハリをつけた。それらが天然木(サワラ)の床や可動式の木製家具と響き合い、やわらかな「こどものいえ」となっている。
園庭がないため室内でも遊べるよう、保育室には抱きつくことができるS字丸太のシンボルツリーや木のすべり台など、あそびの仕掛けがしてある。
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■ みらいのいえ future house (2010)
神奈川県三浦海岸沿いの丘の中腹に立つ環境共生住宅。草屋根から海が臨める。
日本の「伝統的民家」と現代の「環境共生」を組合せた住まい。これをわたしたちはあえて21世紀における「みらいのいえ」と呼んだ。 もう一つの特長は伝統構法の大工とともに、インターネットと口コミの一般公募よるワークショップで工事が行われ、延べ200名が参加したこと。 それは単に作業を手伝うのではなく、「家づくり」を契機に地域や 現代のコミュニティをつくるという意図でそれは「コミュニティ・ビルド」と名付けられた。このコンセプトは日本で2011年に起こった東日本大震災以降広まり、現在では震災復興のまちづくりのキーワードの一つともなっている。
この家は可能な限り「持ち込まない。持ち出さない。」を合言葉に、地球環境に極力負荷を与えない自然素材を用いた省エネルギーの家として考えられ、具体的には以下の選択を行った。
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・ 木・・・近隣国産材のムク材を使用
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・ 土・・・ 内部に蓄熱効果を上げる曲面の土壁と版築の蓄熱壁。版築と草屋根には現場の土を使用
・断熱・・・・・・・自然・再生系断熱材の使用 PET再生断熱材・杉皮断熱材
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・ サッシュ・・・・全て国産・地杉による木製サッシュ
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・ 環境共生・・・草屋根、しっくいの内壁、Rの蓄熱土壁、古材梁再生利用
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・ エアコンを使用しない・・・北・上下通風により通風の確保、草屋根の断熱効果、しっくいの調湿性の利用 などである。
伝統的な日本の民家に習って軒の出は1200mmと深くし、夏の日差しは深い軒でカットし、冬の日差しは南面2層分のガラスから土の蓄熱壁に集めるパッシブデザインの原理を活用。単なる伝統的な民家ではなく、曲面の蓄熱用の土壁が家の中心を貫き、上下換気用の高窓がその外の草屋根の屋上庭園とつながるなど、室内温熱環境を考慮した現代的なデザインとなっている。
居住後温熱データを1年に渡ってとった。ドイツのパッシブハウス基準の1/3程度の日本の断熱基準ではあるが、温暖な地域のため冬でも10℃以下にはほとんどならず、土を使った「パッシブ」の有効性が示唆された。今後も更に追求していきたいと考えている。
掲載の文章をご紹介します。ドイツ語への翻訳は前橋工科大教授 石川恒夫先生です。心から感謝申し上げます。